本当の愛情

昔むかしの話ですが、12月15日は忘れられない日です。

ちょうど、2学期も終わる北風の厳しい小学校1年生の時です。
担任の教師は私の健康を気遣い、教室で一人読書感想のテーマを与え、他の生徒は校庭で体操の授業をしていました。
ドクターストップの私は、両親の意向も心得て、私の得意とします科目を体育の時間に振り替えてくださっていたのです。
私も充分わかっているつもりですが、いつも同級生と仲間外れになっていることに、時には私にだってといった気持ちがあります。
校庭に出た私を担任の教師は見逃さず、私に注意をしました。
その時に、私は「どうせ、私なんか、どうなってもいいんです」と自暴自棄的な返事をしてしまいました。
その日のうちに、担任の教師から母に面談の申し込みがありました。
担任の教師からマリ子さんが私なんか、どうなってもいいのといった表現に、なぜ、御宅のようにあらゆる面で理想的な家庭環境からは、想像もつきませんので屈折した皮肉れた表現がとても気になりましたということです。
担任教師は苦渋の表情を浮かべ、「私なりに、マリ子さんの体については、マリ子さん自身に責任があるわけではなく、あのような悲観的な言葉に、大切にお預かりしています一人の教師として、とても虚しく信じてもらえないことに辛い気持ちを隠せません。私の立場としては、マリ子さんの将来を考えて、厳しいことばかり申し上げてきました」
さらに「マリ子さんにとっては嫌な、大嫌いな先生としか受け取っていないのでしょうか。どうしても、あのように卑下したり、皮肉れた感情を持つようになったのでしょうか。原因に心当たりはありませんでしょうか」
さらに「心から心配している人は、私を含めて決して心地よい返事はいたしませんよ。それが疎ましいのでしょうか。案じています」
帰宅後の母は厳しい表情で、私の両肩を押さえ込んで、私に担当教師との面談の経緯を話し始めました。
母は「いいこと、あなたは両親にとっては望まれた大切な子どもです。どんなことがあっても責任があります。どのような理由があれ、あなたをそこまで卑屈に追い込んだのは、両親の責任だと思っています。ごめんなさい」
一言も私を責める言葉はありませんでした。
母親から経緯を聞いた父親は、私に一言「親は我が子に危険と察せられることは命がけで守るものだよ。親には子どもを育てていく上で、大切な存在であり、責任があるんだよ」
毎年、12月15日の出来事はほぼ65年の時を経ても親の気持ちを忘れることができない日でもあり、私の人生のブレーキでもあり、コンパスになっています。