新しい旅立ちの日

先月、約束した通り、今、私は新幹線の車内で書いている。

やっとこれまでの生活のパターンを変える時が来た。
何年振りだろうか、編集時代から美術の仕事をしている時と、同じリズムを取り戻し始めている。
歳を重ねて来たから、全く以前の様にはいかないが、長いトンネルを抜けだした気分である。
私にとっては、出張先で、初対面の人との出逢いが心地よく、ゴルフ場で一緒にプレーする感覚と似通っている様に思う。
出張が疲れないとは言わないが、疲れ以上に、私は多くの収穫があったと思えるからだ。
また、私は、このライフスタイルに戻ることが出来たというか、未だスタートしたばかりだが、確かに新しい旅立ちの第一歩の車中に居る。
小学校4年生の時、担任の先生が私の小さな能力を見出し、その後時を経て61年振りに母校の校長先生が、一冊の私の本を心に留める機会が無ければ、恐らく帰郷する機会も無いまま過ごしていたと思う。
いつしか、心の底に溜まった「澱」と闘いながら、立ち直れないでいた私に、「お帰りなさい」と温かく迎えてくれた母校に、救われたのである。
そしてこの年齢の私を必要と認めてくれた故郷や母校の為に、残された人生が少しでも報われる様に努めたいと想って居る。
ちょうど、一年前にテレビと縁を切り、また活字の世界、特に新聞を克明に時間が許す限り目を通しているが、私には、一瞬のビジュアルな世界の知識より、何度も読み返せる方が性分合っている様だ。
今も、薬学部の3年生の学生に抗議をしているが、丁度私の孫の年齢である。
言葉にもその表現にも、出来る限り、新鮮な話題を提供する様に努めているのが、とても楽しく、何時迄も、頭の回転が鈍らない為にも、このライフスタイルを続けていきたい。