確か10月初旬に、背後から私の名前を呼んでいるのに気付き振り返ると、自転車に乗った女性に見覚えがあった。
その自転車の女性は、地元の地域包括支援センターのスタッフだった。
彼女は、私に認知症の家族会のカフェにまた、来て下さいとの誘いのリーフレットを渡して、未だ私が関わってきた家族がいるので「良かったら来て下さい、お待ちしてます」と言って、立ち去った。
手渡されたリーフレットが何故か気になっていたが、思い切って出掛けた。
さて、家族の会に関わったのは、何年前だっただろうと考えていた。
というのは、余りにも目的地迄の町並みの風景がスッカリ変わって、目標にしていた建物が、建築中だったり、テナントが入っていたり、地元にいながら、全くお上りさんである。
8年の空白が、こんなに世の中のスピードアップされている現実に驚きながら、目的地の地域包括支援センターに辿り着く。
確かに8年の空白があるが、道で出会う家族もあり、それ程に感じていなかったが、町の景色に時の長さを感じた次第である。
カフェのある部屋に入ると、確かに数名の顔見知りの家族が私を見て、懐かしそうに話し掛けてくる。
然も、当時の思い詰めた暗さは無く、笑顔で此れ迄の経緯を話してくれる。
8年前とは異なり、家族が非常に前向きでいるのは、恐らく認知症に対する考え方や、情報も多くなり、家族が学習しているのが分かる。
今年というか、また一つターニングポイントのチャンスだと私は想い始めていた。
終末期の方や家族の方から始まった私の病院ボランティアは、「話し相手」という活動が中心だっただけに、今、その必要性を失った私は、恐らく長く苦しみ、何度も感情のコントロールを試みたりしたが、限界を感じて、病院ボランティアに75歳を迎えるのを機に最終章の準備期間に入っている。
処が運良く、私はまた包括支援センターで、家族の方の「話し相手」が出来るという感触を掴めた。
自分から必死にピーアールしなくても、相手が招いてくれるという状況からのスタートは、とても心地良く純粋な気持ちになれる。
28年近く、母親の認知症の経験が、少しでも家族の方にヒントや笑顔になって欲しいという私の想いが新しく始まる。