昨夕で、故郷からの依頼を受けていたプレゼンテーションの書類も整い、
投函する段階に成り、先日の理事会で、理事長退任の宣言をして、やっと
我が人生に、体力的にも、ゆとりのある生活空間を見付けた。
11日に面談と見学を兼ねて、憧れの有料老人ホームに出かけ、行き届いたもてなしを頂き、次なるステップは、実際に体験するショートステイという話にまで進み、スピーディーさに、振り回される日が面談後始まった。
処が、審査を担当する部門から、ストップがかかる連絡をこちらの都合もあり、夕刻7時に担当者から「今回はご縁がなかったこととしていただきます」と、これが、高齢者の施設に対する対応かと、永年、30年近く病院ボランティアとして、又、施設で認知症に関わってきた一人の人間として、
余りにも、お粗末な対応に関して、逆にこれで良かったと納得した。
身寄りのない自立した入居者希望者に対する説明不足、或いは弁護士が付いていながら「任意後見制度」に対する受け入れ側の説明不足は否めないと想っている。
私も、法律的に認められている縁者に対する入居説明は、入居審査の前に説明する必要性があると考えている。
考え方によっては、この年齢でも明晰であれば、入所資格がある存在であると、私の知識、確認不足である。
私は、今回の有料法人入所資格のない判断は、今後の大き高齢者へ指針になると考えている。
人世百年と言いながら、高齢者に対する待遇との格差が歴然と生じているのが、現実である。
今回の件に対して、肝心な箇所に触れていないという事は、些か、憤慨、卑怯と思っても良いのではないだろうか。
全て、入居としての事前段階のショートステイの準備をしている私に対しキャンセルになるという逆転劇は誰が予想できますか。
これは私に対する人生の「学び」として、寧ろ有難く受け止め、皆様の前でシンポジュームにシンボリストとしての活躍の場が用意されています。
私の失敗談を今後の啓蒙活動に、皆様に学びの提供をしたいと。
唯、残念ながら、我が故郷が創設の地である有料老人ホームでの事例だけに、残念に思っています。
もう、振り返ることなく、自分の人世に悔いなきように前向きに、生きて参ります。
逆に今回の入所失格によって、私はまだ楽な選択でなく、人のために力を貸すミッションが残っていることを再認識しました。
今回の入所失格による体験を、生かしていきたいと、想っている。