今日から如月、「2月は逃げる3月は去る」といわれ、気ぜわしい月のスタートである。
残念ながら、睦月の一月はどうも、実り薄き納得いかないままに終わった想いが強く、31日の日々に対して、勿体ないというか、取り戻せない悔しさを噛み締めて、逃げる如月を迎えた。
とっくに正月気分は抜けているはずであるが、未だ一か月を過ぎたばかりという甘い考えと、はや一か月を過ぎたという考え方がある。
最近というか、近年は後期高齢者のせいか、必ず「無理をしないで」というフレーズが投げかけられるのである。
正直言って、私はその言葉に対して、素直に受け入れられないのである。
という事は、私に対してそのような視線で私との繋がりを持っているのかという事である。
別にがむしゃらに頑張る気持ちはないが、そっと見守るという想いにはならないのだろうかと思うと、私は、逆に反抗心が頭を擡げて来る。
しかし、熱く成った頭を冷やすと、寧ろ、言葉の重さや力を斟酌しないで
発している人に対して、とやかく取り立てることは、相手と同じレベルで
対処していることである。
もう一歩、逃げないで「高みの見物」の心境に至らなければならない年齢に目覚めなければいけないのである。
先月29日の日本経済新聞の文化面に、木内昇氏は、「今日も一所懸命生きとるな」という考え方に無性に頷きたくなるのである。