一昨日と昨日、忘れていた昭和の時代の記憶にノックをしたのが、4年ぶりのマロニエ紅白祭りで、「ちんどん屋」に懐かしさとびっくり。
一瞬、パーっと会場の雰囲気が、ちんどん屋の来場より、活気づく。
ちんどん屋によって、マロニエ祭りが一つの繋がりへと変わっている。
丁度、一週間前の5月8日、日本経済新聞に連載中の「風紋」に、「ちんどん屋」の記事が掲載されていた。
目の前でマロニエ紅白祭りの会場が、4年間の空白期間もあり、何となくぎこちなかった雰囲気を、ちんどん屋の「力」により、嘗ての下町の雰囲気が蘇った。
記事によれば、19世紀半ばの大阪で、東京では楽隊を加えた編成は人気になったという。
マロニエ紅白祭りは、、浅草橋、柳橋、鳥越、蔵前地域のお祭りで、後日
江戸の情緒が残る奥座敷の柳橋巡りMAPに「ちんどん屋にも会える町」とのパンフレットを受け取る。
ネットで、検索すると、「ちんどん屋」の競技大会もあり、今回、マロニエ紅白まつりを盛り立ててくれた、ちんどん屋は、日本一に輝いていると知った。
改めて、「ちんどん屋」の力による効果を実感した2日間だった。
記事の最後に、当時立命館大の林幸次郎氏が、1980年、立ち上げたちんどん研究会から、時を経ること、今年の4月から京都市立芸術大学で、
週一回授業を担当する。
「街を歩く僕らの仕事は地域全体のの幸せをいのること」と結んでいる。
全く、林氏の想いが、遥か東京で証明されたのである。