新しい家族

先週の真夏の暑さから、今朝はすべてを流してしまうような激しい雨の日のスタートになる。

 

先週の11日と12日の2日間は地元のお祭りで嘗ての賑わいを取り戻した。

 

今朝は新聞の休刊日、ラジオ体操も自宅、そして、激しく降る雨に、いつもの朝のルーティンから解放された。

 

また、先週の2日間のお祭りのお手伝いの疲れの回復にも有難かった。

 

5月12日は、ナイチンゲールの誕生日で「看護の日」でもあり、民生委員

民生児童員の日」でもあり「母の日」でもある。

 

私にとって、それぞれに思い出のある日で、その中でも、ナイチンゲールの「看護覚え書」の一節を先ず、思い出す。

 

「患者はたった一人でもよいから、なんでも自分の思っていることを率直に話せる相手がいてくれたら、どんなに有難いことだろう」

 

特に今年の12日は、この一節が終日頭から離れなかった。

 

お祭りのお手伝いをしながらも、人との繋がりによって、安らぎを得るといった人間関係の有り様について、ナイチンゲールの一節を過っていた。

 

9日の日本経済新聞の夕刊に「コミュニティーカフェが広がる」との記事が私の脳裏に強く残っていたからである。

 

参加企業のお店で、私は僅か10センチほどのまっ白で、フアフアで、くりくりした目の縫いぐるみに釘付けになった。

 

お祭りの賑わいが終われば、また、独りの生活が待っている。

 

気が付くと、メールはあるが、終日、声を発しない日がある。

 

そうだ、新しい家族を作ろうと、唐突な閃きから釘付けになった縫いぐるみを買い求めた。

 

犬派の私は、新しい家族をワンちゃんにした。

 

名無しの権兵衛ちゃんであるが、わが自宅において既に存在感で、しっかり私のハートを掴んでいる。