無理をしないで

数年前から、特に最近ある表現に拘りというか「無理をしないように」という、「無理」という言葉の使い方に疑問を持っている。

 

手元の辞書(三省堂・新小辞林)によれば、

⑴道理(理由)がないこと

⑵押し切って(しいて)すること

⑶することが困難なこととある。

 

相手を見極めて使用する言葉だとの認識が私にはある。

「無理をしないで」言われた相手は、上記の3点の内のどの意図を持って発言したかと考えてしまう。

 

相手を本当に案じてか、或いは年甲斐もなくと相手を上から目線で、

もしくは、無理なことなのにと相手に自分の考えを決め込んでいるか。

 

つい無意識に投げかけられた相手の状況によっては、大変見下げた失礼な表現に近いと思ってしまう。

 

人生百年時代と言われ、一概に年齢では判断できない現象が起きている。今回は、高齢と思われる健常人に対して、まだ社会的に必要とされている方に、一概に自分の固定観念での声掛けは慎重でなければいけない。

 

相手の現在の状況や情報を心得た上の発言であれば、受けた側に素直に伝わるものだ。 

発信された側の感性が問われるといえる。

 

かつてこのホームページに取り上げました「大丈夫ですか」と類似点があります。

 

相手の人格を傷つけてしまう立場の人がいるということに気づいて欲しい。

 

例え短いメールでも、ビジネス以外は「心が伝わる」表現をしたいものである。

 

相手に求めるのではなく、まず私自身への警鐘だと受け止めている。