毎日、両手に重そうに荷物を抱えている奥様に気が付き、荷物を持って差し上げて、入院中のご主人の病室の前まで行く日が続きました。
ある日、病室のご主人が、「いつも、家内がお世話になっているそうで、ありがとうございます。良かったらチョット私も会いたいので、どうぞ」
ご主人の気持ちに応えて、ご挨拶を兼ねてお目にかかりました。
数日後、エレベーターホールの前でこれから売店に本を買いに行きますとのこと。
「宜しければ私がご一緒しましょうか」
看護助手さんも「よろしくお願いします」
車椅子を使用のため、高い書棚にある文庫本は見えにくいので、数冊手にとって渡しました。
数冊を求めて、病室まで帰る際に、「時間がありますか」
「はい、時間はありますが、何か私に?」
「チョット、あなたと話がしたくて、よろしいですか」
「私でよろしければ」
「良かった。実は、なかなか、家内や子ども達には、心配をかけたくないので。今まで、家族に弱い自分を見せたことがないのでね」
「分かりました。本当に私でよろしいのですか?」
「あなたになら、話せると。迷惑でなければ」
「これまで、家族の前、職場でも出来るだけ、穏やかに笑顔を繕ってきましたが、病気になって、辛く、苦しくても、ジッと我慢してきましたが、
もう限界です。恥ずかしいのですが、本当は思い切り泣きたい気持ちでいます。あなたには申し訳ないし、恥ずかしいのですが、泣いてもいいですか?」
「どうぞ、私にお気遣いは無用です。思い切り泣いて下さいませ」
肩を震わせ、全身から、その苦しみの重さが伝わってきました。
手からも涙が溢れています。私は、そっとティッシュを渡し続けました。
「有り難う。これまでの人生の一生分を泣くことができた。思い切り泣くって、こんなに気持ちが良くなるものなんですね。スッキリしました。
本当に付き合ってくれて有り難う。また笑顔になれそうだ、うん」
私はただ頷きながら、涙で濡れたティッシュを見えないようにそっと丸め静かに病室を去りました。