2023年
6月
29日
木
今日の夕刻で、凡そ、一年以上重く頭にのしかかってきた問題が終わる。
「見ざる聞かざる言わざる」という立場になった。
振り返ることを好まない私だが、何と、多くの時間を費やしたことだろうと、遣り切れない想いである。
亡くなった母親が、理不尽に思えることでも、あなたにとって、或いはあなたにしかできなかったかもしれなく、将来、必ず、納得のいく答えが届くまで、臆することなく待っていなさいと、真剣に向き合ったくれた母親の厳しさに時には疎ましく想ったが、今、私は感謝をしている。
「待てば海路の日和あり」といった心境である。
終わりがあれば、始まりがあると思うが、それまで楽しんで過ごしたい。
2023年
6月
25日
日
先日の「防災白書」に続き、2023年度版「高齢社会白書」の一部が21日の日本経済新聞に掲載されていた。
記事によれば、65歳以上の高齢者は、医療や健康の情報を「インターネットで調べることがある」割合が、50・2%という約5割に達している。
新型コロナウイルス拡大により、人との接触を控えることが大きく影響しているとの内閣府の見解である。
ネットで調べる具体的な内容は、病名や症状、処置方法などの「病気について」が39%で最多。
「病院などの医療機関」が30・1%「薬の効果や副作用」が25・1%と続くとある。
正に白書が示すように、私も例外なく、ネットでの検索は必須である。
私は、担当するドクターの経歴も調べることにしている。
最近「病名や症状」を始め、数年前に比べて、医療機関のコマーシャルも多く、サプリまでに及ぶと広域な情報提供の広がりを感じる。
常備薬で、必ず服用しなければならない薬について、念のために災害時を考えて、大体一週間程度のストックを持つようにしている。
体重が増えて以来、持病かと思いたくなるほど頻繁に発症していた喉の炎症が、治まって久しくなる。
断捨離プロジェクトをスタートして、久しぶりに喉の異常を感じて、お薬手帳と共に、喉の炎症用にストックしてある薬を取り出した。
あることに気が付いた。
あくまでも、私が服用している薬に限定してだが、処方された内服薬には製造番号と思われるものが表示されているが、ルーペを以っても使用期限は見つけれなかった。
一方で、塗り薬には製造番号と使用期限が表示され、市販薬にも使用期限が表示されている。
では、表記されていない内服薬について、私はかかりつけの保険調剤薬局
に問いあわせることにしている。
何が言いたいかといえば、防災白書でも、先ずは「自助」ありき、病気も「インフォームド・コンセント」から「シェアード・ディシジョン・メイキング」と言われる「協働的意思決定」に移行しつつあり、ますます、自分に対して自分で考える時代に変わり始めている。
自助努力・自己選択・自己責任を考えようによっては、適度な緊張感は頭の活性化にもつながると、前向きに考えている。
2023年
6月
24日
土
先日22日の転倒は、日を追って痛みが増している以上に、油断というか、過信していた自分を情けなく、悔やまれる。
シュンとしていると、余計湿っぽい考えが頭の中を堂々巡りするので、寧ろ、マグロちゃんを発揮するに限る。
友人から「ほら、やせ我慢が始まった」と言われるのを承知で、間もなく
2023年も折り返し地点の7月を迎える。
久し振りに、ご無沙汰している断捨離を始めようと決めた。
今回の断捨離は不要なものを整理するとは異なる意味合いを含んでいる。
目に見えるもの、見えないものといった広範囲な断捨離を考えている。
2023年前半期の総括と考える方向性で、この機会を逃しては、また、
ダラダラとした生活スタイルから抜け出せないと、更に打撲という新たな言い訳を持ち出さないとも限らない自分の弱さを知っているからである。
「諦める」とは、「明らかにする」ことと学んだ。
「明らかにする」というには、俯瞰的に、直線的に、コロナ禍に遡って、改めて失ってきた現実を見極め、自分を見つめ直したいとの想いが、日を追って強くなってきた。
ある政治家が「身の丈」発言で、問題視されたが、相手を見下げたり、卑下した表現とは受け取れず、私は寧ろ自分を見極めていると想うのだが。
緩和ケア病棟で「私ね、これまで神様から頂いたものを一つひとつ、神様に今、お返ししているの」と、穏やかな表情で私に話されたキリスト教の患者様を私は今も大切な思い出として心におさめている。
脳神経外科で手術後、病院の食事が非常に美味しくて、入院中は完食で、
何と、退院時に体重が入院時よりふっくらとして、信じられなかった。
その後のコロナ禍による行動制限で、極力室内で体を動かしたり、必ず散歩に出かける生活をしてきたが、どうにも体重の増加を食い止められないでいる。
現在のふっくら体型をできる限り、4年前の体型に戻すといった気の遠くなる断捨離もある。
取るに足らない雑念の類、結論の出ない悩ましい問題等々も、今回の断捨離の対象の視野に含まれている。
無理なく、頑張らないで頑張って、徐々にそぎ落とす断捨離プロジェクトを始める。
悲壮な想いはなく、寧ろ、発案者の自分にどれだけトライできるか、今後の楽しみだと想っている。
2023年
6月
22日
木
愈々、凡そ、半年闘い続けたアキレス腱炎に最終章が訪れた。
最後のテェックとして、あらゆる角度から凡そ、15枚近くのレントゲン撮影を済ませた。
待ち時間を利用してリクエストしていた図書が残り数十ページを残して、返却の期日であった。
ちくま新書刊の村山綾著『「心のクセ」に気づくには』で、「心のクセ」というタイトルに興味を持った。
著書によれば、人間は知らず知らずのうちに持っている好みや考え方をついやってしまう判断や行動のことである。
心のクセがしばしば他人との関係性をギクシャクさせたり、思い違いや行き違いを生じさせたり、ある時は人を傷つけたり、社会の問題を生み出すという箇所に、全くその通りと納得した。
診察室に入ると、ドクターから、順調の回復途上にあるので、「転倒など気を付けて下さい」
「はい、コンクリートには勝てませんから」と口をついて出た言葉に、ドクターは思わず、「上手い表現ね、その通りよ」
順調な一日のスタートに、気がかりになっている問題を片付けようと思い立ち、アポイントなしで突撃した処、些か不消化気味だが、もうお終い。
図書の返却を済ませ、自室まで階段を利用することを一か月前辺りから、
トライしていた。
最後の一段を踏み外して、コンクリートの踊り場に思い切り左膝をぶつけてしまった。
出血もなく、寧ろ「シマッタ、やっちゃったあ」と、昼食の準備を始めているうちに、ヅキン、ヅキンと痛み始めた。
昼食もそこそこに、近くの整形外科クリニックの診察の結果、打撲との診断にほっとしたものの、猛反省。
「舌の根の乾かぬ内」とは、正にこのことである。
2023年
6月
19日
月
梅雨特有の湿気に、体までが水気を含んでいるようで重苦しさを覚える。
連日寝苦しさに目が醒めると、先日まで団扇で涼をとっていたが、今朝は
もう限界。
5時にセットした目冷まし時計に起こされて、切り替わった温度計を見てびっくり、既に室内が27℃を示している。
数日前から軽い頭痛にもしかして、熱中症を疑い経口補水液を少しずつ飲み続けていた。
メディアを始め、各方面で熱中症に注意するように呼び掛けている。
今日は6月19日、予想を上回る高温の日が続いている今年は特に昨年より早く暑さが到来している。
10年近く前は、身体が覚えているのか、決まって、7月19日に冷房をセットしていた。
19日だけは不思議に符合しているが、一か月早くなった。
毎年、加速化している温暖化に、まさか、来年は5月19日にならないことを願っている。
2023年
6月
18日
日
きょう18日は「父の日」であり、ちとの命日だ。
父の日には向日葵がプレゼントに好ましいとの記事を昨晩、日本経済新聞で知った。
故郷の自宅の庭にも、毎年欠かさず、大輪の花を咲かせていた。
最近、両親と過ごした故郷の夢を頻繁にみる日が続いている。
実に、綿密に、よくこんな細かいところまでと驚くほどで、急に、父親に会いたくなった私は、向日葵の花を携えて、お墓参りに出掛けた。
生前の父親は、苦虫をつぶしたような顔をしている時と、仕事で東京や関西、四国など出張の際に、私を連れて、その土地の美味しいものを食べさせてくれる時の嬉しそうな顔という二面性を持っていた。
夢に出て来る父親は、私が喜ぶものを知っていて、「美味しいか?」と、
話しかけ「うん」と頷くと、「そうか、うまいか」と顔をほころばせた。
向日葵の花を持って、墓前で父親に思いの丈を話していると、これまで強張っていた全身の力が、ふわっと軽く和らいでいた。
2023年
6月
15日
木
1950年(昭和25年)暑中見舞い葉書が初めて発売された日だと、これまたエレベーターの「今日は何の日」情報で知る。
73年前に発売した当時は、現在のような温暖化ではなく、寧ろ梅雨の真っ盛りで、梅雨明けが待たれる時期だったのではないだろうか。
生前、父親は非常に筆まめであったが、暑中見舞いの葉書についての記憶は、私にはない。
昨年に比べて、より6月から厳しい暑さに見舞われていると、暑中見舞状の一つもと思うが、メールに変わって居る。
かもめーるという、年賀状のようにくじ付きの葉書が最初に発売になった年に、数十枚の葉書を頂いた。
頂いたかもめーるのくじで、定かではないがキャンピングセットが当たり
郵便局の職員までが、興奮した記憶は鮮明に残っている。
初回発売だったために商品が豪華で、この季節郵便局に行くと、かもめーるを思い出すが、現在も存在しているのか確かめたことはない。
年々、早まる温暖化による異常気象の今こそ、相手を気遣う暑中見舞いの葉書の必要さを感じている。
2023年
6月
13日
火
新型コロナウイルスが2類から5類に移行して、一か月を過ぎた。
少しづつ人との距離が縮まっているように感じるが、未だに病院等の医療施設や、高齢者にはマスク着用を促している。
寧ろ、マスクをつけない方が違和感を覚えたり、忘れ物をしたような思いをするのは私だけだろうか。
月に一度の交流の場を設けて、4回目を迎え、会話が広がっていくのが楽しみになってきた。
会話は言葉を発するところからの始まりで、それぞれが表現する言葉にも
人柄が反映され、素晴らしい発想が言葉によって拡がりをみせる。
相槌を打つことも多く、なるほどと感心することも多くなってきた。
マスク越しではあるが、声の大きさとか、目の表情、手振りなどなど、人は伝えたいときは、色々な手段を通して相手に伝えようとする。
なるほどと頷いた二つの言葉を紹介したい。
「居場所」ではなく「出場所」だという。
自分から、進んで、外の情報をキャッチすることを「出場所」という発想が必要だと。
もう一つは「教養」ではなく「今日用」という。
毎日を、今日も用があると自分に云い聞かせて、何か用事を見付けているそうだ。
どちらも前向きに捉えた言葉であり、今日も頼もしいヒントを頂いた。
来月はどんな言葉が飛び出すだろうか、楽しみが増えた。
2023年
6月
09日
金
その日がいつかは来るだろうと想ってはいたが、遂に今朝の朝刊に「購読料改定のお願い」の通知に、これだけあらゆる物価の高騰が続く中、よくぞここまで踏ん張ってくれたと、素直に受け取った。
常々、頻繁に登場するブログの種も、日本経済新聞である。
改定とは、値上げを意味しているが、多くの知識を始め雑学に至るまで、
ゴマすりでなく、今も私を豊かに育ててくれている。
特に、5日の夕刊紙に連載される「こころの玉手箱」と「人間発見」は、
作家の堀江敏幸氏と、人事院総裁の川本裕子氏の対照的ともとれる内容に
夕刊紙が届くのが待ち遠しく思えた。
堀江俊幸氏がこころの玉手箱を開くことによって氏の人柄に親密感を、時代の流れで置き去りになってゆく手動タイプライターに始まり、三省堂の「GEM仏和辞典」、繰り出し式シャープペンシルなど、愛情のこもった丁寧な向き合い方に、共感を覚えた。
川本裕子氏の人間発見の見出し「改革の思いを貫く」に続き、パンチの効いた小見出しに物凄いパワーを感じ、ナニクソと思わせてくれた。
かねがね、ブログに愚痴っているように、どうも納得がいかない問題を抱え解決の意図が見えない状況を打破したいとの想いを強く持ってきた。
「常に前向きに・未来への責任を意識」「問題先送りに直言」「成果の達
成に責任・徹底的に現場を知る」といった小見出しは、字面から至極当たり前のように受け取れるが、実行には強い精神力とエネルギーを要する。
5日からの五日間の連載から、多くの収穫があった。
苦しんで来た問題に終止符が打てる日が近いと想える自分を見出した。
「新聞のちから」と、来月からの値上げを改めて認めている。
2023年
6月
08日
木
関東甲信の梅雨入り宣言を聞いて、昨夜日本経済新聞夕刊に中川恵一教授の「がん社会を診る」が、マグロやカツオといった一部の回遊魚は24時間泳いでないと死んでしまうという出だしから始まっている。
前期高齢者から後期高齢者の入り口まで、ある一部の人達が、私をマグロちゃんと呼んでくれていたことを思い出したからである。
名付け親は、よく観察しており、妙を得ている例えに、心の底で、にやりとしていた。
処が、昨年77歳という喜寿を迎えて以来、骨折までには至らないが、最近まで、毎日3万歩近く歩いた筋肉疲労から、両足のアキレス腱炎と歯がゆい日々が続いてきた。
お陰様で、回復途上にあり、マグロちゃんを始めている。
動きを止めると、怠けているような精神状態に陥ることもあり、気分転換を兼ねて、昼夜を問わず、歩いている。
昨夜、見上げた夜空に、赤く燃え滾るようなお月様に、びっくりした。
もしかして、暫くお別れを悔やんでいたのだろうか、それにしても、何を意味しているのだろうか、驚きと共に想いを巡らしていた。
予報通り、うっとしい季節に入った。
雨傘をお共に、ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン~。
2023年
6月
07日
水
この処、日本経済新聞に特に椎茸などのキノコ類を取り上げた記事を見かける。
遡ると先月12日に岩手の森林総合研究所東北支所などのチームが椎茸を育てる時に農家では慣習的に原木を叩いて振動させていたという。
椎茸を育てる過程で、細かい振動を与え続けると成長が促進されることが初めて実証されたという。
今月6日の夕刊紙にキノコは低カロリーで、物価の優等生と言われている。
健康価値の見直しとして栄養成分の分析をしており、記事によればマイタケはビタミンD、エリンギは葉酸、ブナシメジはオルニチンを含むことが分かったという。
様々な研究により、キノコを冷凍すると旨味がアップするという。
この冷凍するという記事で、嘗てゴルフ三昧に明け暮れていた頃、ホームコースの道を挟んだ向こう側に、シイタケ栽培農家があった。
午前中には見かけなかったゴルフショップの店頭に、むっくりと肉厚の生椎茸が並んでいた。
プレーを終えて、ビニール袋に入った採りたての生椎茸を買って帰るのが常であった。
帰宅後、数個を焼き椎茸にレモン汁をかけて、残りは、冷凍しておいた。
記事によれば、凍ったままのキノコを低温からゆでて使うとうまみ成分を逃がさないとか。
更に今朝7日の朝刊に、慈恵医大で健康診断を受けた都内の人の血液を検査した処、98%がビタミンD不足だと分った。
特に椎茸などのキノコ類から取れる植物由来のビタミンDは検出されなかったという。
記事には、ビタミンDはカルシウムの吸収を促す働きがあり、不足すると
骨粗しょう症や骨折のリスクが高くなるという、耳に痛い話である。
最近、整形外科のご縁が切れないのは、ビタミンD不足と、太陽に浴び機会が少ないからかなあ。
2023年
6月
05日
月
10時過ぎに、家電量販店より待ちに待った洗濯機が届いた。
ピカピカの洗濯機が我が家の仲間入りをした。
役目を終えた先代の洗濯機は、家電量販店が引き取りと、梱包した段ボールも持ち帰ってくれた。
一人は洗濯機の設置、もう一人は古い洗濯機を引き取る作業と、若い男性2人だが、実にきびきびと手際よく、私は「有難う」を繰り返した。
段ボールまできちんと引き取って、ゴミ一つ残すことなく、一陣の風のように立ち去った。
その段ボールで、我がマンションのゴミ庫のうず高く持ち込まれている有様に、どうして、こんなにと思ったが、原因が分かった。
嘗て12年前に引っ越してきた時、引っ越し業者さんが、引っ越し時に発生したゴミを掃除して、使用した段ボールも折りたたんですっかり持ち帰ってくれた。
それが当たり前、普通と思い込んでいたが、先日、パソコン用デスクを購入した際、段ボールをゴミ庫に運んだ。
現在の若い世代は、デスクでも、洗濯機でも、自分で組み立てたり、取り付けできるエネルギーを持っているのだと、だから、段ボールはゴミ庫へと運ばれるのだ。
年齢を重ねて来ると、体力も気力も衰え、怪我でもしたらと思うと、少々の割高になるかもしれないが、サポートしてもらえる人材は、高齢者には
貴重な存在と言える。
2023年
6月
03日
土
台風一過の夕刻、見上げた空に見事なお月様に出合う。
大きくて、まん丸で、煌々と輝いているお月様の存在感に、今日が満月と見紛うほどの立派さだ。
毎月、満月をたのしみにしている私は、日付をメモしている。
確か、明日4日だと記憶していたが、本当に満月、ストロベリームーンといっても信じてしまう。
天候も不順なところに、最近まで痛めた足を庇ってきたために、ゆっくりと空を見あげるより、足元に目を向けていた。
暫く、お月様と対面し続けた。
やはり、背筋を伸ばして、視界一杯に広がる空を見あげていたい。
2023年
6月
02日
金
相変わらず、朝のルーティンの一つに母校の小学校のブログを見るのが、何よりの私の元気の素だ。
2019年から始まった地域の良さを大切に継承していくといった体験学習を始めて、今年で5年目を迎える。
地域のお米つくりの名人の協力のもと、先ずは、「もみまき」から美味しい美味しいお米つくりが始まる。
お米つくりは5年生の体験学習に組み込まれている。
名人から教わっている真剣で、生き生きと取り組んでいる表情が、ブログを通して熱く伝わってくる。
やがて、来月は「田植え」、雑草取りとか収穫までに、美味しいお米つくりまでには、名人から、多くを学んでいく。
2019年のコミュニティスクールを立ち上げる時にお手伝いをしたが、体験学習には参加できなかった。
昨年11月に「稲刈り」の日に3年ぶりに帰郷し、母校の子どもたちの活躍ぶりに胸が熱くなった。
今、当時の5年生は、母校の後輩のために最年長としての自覚と使命を立派に努めているのも、ブログから伝わってくる。
体験学習には、もう一つ、岡山といえば「桃」でしょう。
こちらは、3年生による桃の袋掛けが予定されている。
因みに「白桃」と言われるのは、日差しを避けて、一つ一つの果実に袋を掛けることで、優しく品の良い「桃」が育つという。
こちらも桃つくりの名人から、開花して、実をつけるまでに受粉作業や、間引きなど、甘くておいしい桃のお話の学習があります。
自然の恵みと共に、我が子を育てるように、心を込めて、愛情をもって
初めて、美味しいお米や桃ができる素晴らしい体験学習が始まりました。
2023年
6月
01日
木
今日は日本の気候変動が少ない時、衣更えの日に当たる。
高等学校まで、制服で過ごし、四季の移ろいを感じ、白いブラウスに変わることで、夏が来たといった気持ちにリセットされる。
衣更えという言葉ではなく、クールビズという言葉に代表され、あらゆる職場の風景が、ラフなフリースタイルに様変わりした。
天気予報では台風2号の接近を報じ、先月5月の月曜日は毎週雨が続いた。
正に、メイストームに相応しい月が終わった途端、早々に台風のお出ましとは、気象病に罹らないように気を付けようと言い聞かせる。
昨日午後、6度目の新型コロナウイルスワクチンの予防接種を受けた。
当初の緊張感も薄れ、感染症の位置づけが先月8日で2類から5類に移行されたせいか、解放感を感じる。
とりわけ、月が替わったからと言って力むわけではないが、先ずは洗濯をしようとスイッチを入れたが、無言のままである。
説明書を取り出し、マニュアル通りにしても、微動だにしない。
メーカーに問いあわせると、既にメーカー側にも部品の在庫がなく、午後に取り敢えず点検に来てもらうことになった。
12年前に今の住まいに引っ越してきた時に購入したものだ。
予想通り、既に寿命が終わっていた。
早速家電量販店に依頼して、来週月曜日に届くことになった。
全てに、賞味期限ならぬ消費期限があり、内心では洗濯ができない憂鬱さを感じながら、一方では先月までの鬱陶しい問題を洗い流してくれるのではといった期待感もある。