整形外科の病棟の廊下に飾ってある一枚の絵画を、食い入る様に観ている青年がいます。
用事を済ませた後も、何となく気になって青年のいる廊下に戻った。
未だじっと先程の位置から動いた気配は無い。
思わず声を掛けたくなる雰囲気を私は感じた。
「先程から、ずっとこの絵を見ていらっしゃる様ですが」
青年は私の声掛けに、一瞬驚いた表情をしたが、「この絵が気に入っています。パワーを感じるので」
「そうですね。とても迫力のあるタッチを感じますね。私も好きな作品の一つなんですよ」と青年に私の感想を伝えた。
みるみる青年の表情が生き生きして来た。
「僕も同じように感じて、早くこの様な絵を描きたいと思っています」
「と言うことは、将来は美術関係のお仕事を望んでいるのですか」
青年は「自分の不注意で、利き手の手首を骨折したので、今後、フリーハンドで思い切った筆使いができるか、不安で、どうしてもこの作品の様な絵を描きたいと思って毎日、日課の様にこの絵の前に来てしまいます」
気がつくと、青年が治療中の手首を動かしているではありませんか。
「あら、手首を使ってますよ。痛くないですか?」
「あ、本当だ。自分では気が付かないでいた。ヤッタア!」
「良かったですね。好きな美術の世界での活躍を応援していますね」
青年の自信を取り戻した嬉しそうな笑顔を、今も懐かしく思い出す。